わが国の伝統(?)に「男装の麗人」というものがあります。
たとえば「キラキラ☆プリキュアアラモード」における剣城あきら。
いぬチョコレートのプリキュア「キュアショコラ」に変身するキャラとして知られています。

夢アドにも・・・。



小林れいは男装の麗人の伝統に連なるか?

男装の麗人の伝統。これは日本のポピュラーカルチャーに脈々と受け継がれていると言えるでしょう。

プリキュアだけではありません。

最も有名なのは池田理代子作、「ベルサイユのばら」のオスカル。
オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェは実際は女性でありながら男性として育てられました。
マリー・アントワネットの護衛を務めていましたが、フランス革命にあたりバスティーユ牢獄の襲撃に参加し、銃撃戦のさなかに死亡。
「ベルばら」はその後宝塚でも取り上げられるほどの人気を博しました。

しかしさらに前例があり、手塚治虫大先生の「リボンの騎士」におけるサファイア。彼女もシルバーランドの王位継承権の都合上男性として育てられました。

ですがさらに前例がありました。
彼女の名は川島芳子。実在する人物です。
本名は愛新覺羅顯㺭(あいしんかくら けんし)。清王朝の皇族でしたが、清の顧問であった川島浪速の養女となり、芳子という名が与えられ、日本で教育を受けました。
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(川島芳子。画像はウィキペディアより)

以下、ウィキペディアを引用します。
17歳でピストル自殺未遂事件を起こした後、断髪し男装するようになった。 断髪した直後に、女を捨てるという決意文書をしたため、それが新聞に掲載された。芳子の断髪・男装はマスコミに広く取り上げられ、本人のもとへ取材記者なども訪れるようになり、男装の麗人とまで呼ばれるようになった。

芳子の端正な顔立ちや、清朝皇室出身という血筋といった属性は高い関心を呼び、芳子の真似をして断髪する女性が現れたり、ファンになった女子が押しかけてくるなど、マスコミが産んだ新しいタイプのアイドルとして、ちょっとした社会現象を巻き起こした。
彼女は満州国建国という歴史のうねりの中で、同時の複雑な社会情勢への関わりを強めてゆくことになります。そして第二次世界大戦後、彼女は中国国民党により、日本政府の味方をした者であるとして処刑されてしまいます。
歴史の波に翻弄され、数奇な運命を辿った彼女の姿は劇団四季のミュージカル「李香蘭」でも描かれており、ご覧になった方もいらっしゃるかもしれません。


と、今日の記事では男装の麗人という、歴史的連なり(?)を辿ってみました。

ショートヘアの芸能人は沢山います。本田翼、篠田麻里子、広瀬すず・・・。
しかしながら、「ショートヘア」ではなく「男装の麗人」という立ち位置を占めるためには単に髪が短いだけでは不十分のようです。

その点、小林れいは夢アドのメンバーから「彼氏」と呼ばれていることからも、またそのきっちりした性格からも、「男装の麗人」という名誉ある伝統に連なる日はそう遠くはないのかもしれません。
彼女がそれを意識しているかどうかは別として、日本にはそうした文脈があり、はっきりと意識していなくてもそういうしぐさに結びついてしまう。それが古典や伝統の力ではないでしょうか。
(関連記事:夢アド対Xmas Eileenの対バンツイートに美しき日本の古典を見た

彼女が夢アドに復帰して1年ですが、この1年の彼女の活躍を見るにつけそう思えてならないのでした。